2006.09.27 Wednesday
フラガール

フラガール (出演 松雪泰子、豊川悦司)
2006年9月23日 劇場初公開
公式サイト: http://www.hula-girl.jp/index2.html
シネ・リーブル池袋1
2006年9月26日(火)20時25分の回
ゴウ先生総合ランキング: A-
画質(ビスタ): A-
音質(SRD?): A-
今年の初めに予告編を映画館で見て以来、期待していた本作。それなりに泣けたし楽しめたのですが、最高の満足とまではいきませんでした。
★ゴウ先生、邦画に走る
最近見たい映画が日本映画に集中していて、英語塾塾長のブログにしてはいかんなあと思う日々ですが、仕方ありません。面白い邦画が多すぎるのです!(またすぐに、英語学習に役立つ面白い映画を紹介しますから、ご期待ください。)
そんなわけで、前日『寝ずの番』・『かもめ食堂』を見た池袋に二日続けて通います。
仕事を大体終えた8時過ぎ、急いで駆け込むシネ・リーブル池袋。東武百貨店のどこかの8階にあるのですが(?!)、何度も来ているのにスムーズに来られたことがありません。今日も軽く道に迷って(!)、予告編の途中から見始めることになりました。
幸い、この時間帯だと客席はガラガラ。前から5列目の席に陣取り、左右前後だれも視界に入らない状況を作って映画に没入します。
★銀残し?
こうして始まった本作、感動させてくれと願います。ところが、最初に軽く躓きます。「銀残し」という手法で、カラーなのにモノクロっぽい質感で絵が作られていて、ゴウ先生の好きなタイプではなかったのです。
しかも、昭和40年・1965年というのが、現代の映画制作者にもはやこういう少し古臭く見える絵で再現させたくなる時代なのかと思うと、1961年生まれのゴウ先生、複雑な気分です。
映し出される常磐炭鉱の絵。灰色と黒しかない炭鉱住宅。あの石炭の匂いがしてきそうではあるのですが。
★昭和40年の炭鉱は、貧しかった
冒頭、登場する二人の少女。ボロボロの服を着た早苗(徳永えり)とセーラー服の紀美子(蒼井優)。ボタ山の上でフラガールになろうと早苗が紀美子を誘っています。
貧しさが漂います。ここまで貧しかったかどうか。かく言うゴウ先生、父親が炭鉱で働いていたために、4歳の時(昭和40年)まで炭鉱で育ちました。福島ではなく長崎の炭鉱ですが。
確かに、早苗がもんぺを穿いているのは少し違和感があります。高校には行っていない早苗でも、中学時代の安物ジャージーぐらいはもっていたのではないのかと[この部分やまうちさんのコメントに従い、修正しました]。
しかし、本作中盤で映される早苗の家を見て合点がいきます。破れかぶれのふすまが新聞紙で穴埋めされていて、“そうだ、ああだった炭住は”と思い出しました。
しかも、早苗の家には母親がいません。父親(高橋克美)は飲んだくれの炭鉱夫で、弟妹が3人。中学校のジャージーも買えなかったかもしれません。そんな家庭が全国の炭鉱にはどこにでもあったのです。(わが家も似たようなものでした。)
昭和40年。都会はどうあれ、地方は実に貧しいものでした。数年後田中角栄が現れて「日本列島改造論」をぶった時に地方は大拍手だったことを忘れてはなりません。
そんなわけで、40年前の実体験を本作にオーバーラップさせながら見るゴウ先生、涙腺が極めて緩くなりました。
★コメディのはずが・・・
とはいえ、期待していたのは、泣いて笑える、ペーソスたっぷりのコメディ。その笑いの部分がいまいち弾けないのはいただけません。
コメディというよりも、これはシリアスな『プロジェクトX』ではないですか!(何のためにしずちゃんを使ったのか!)
衰退する石炭産業。相次ぐ人員解雇。町はさびれた。それを救うために立ち上がったのが、炭鉱の娘たちだった・・・。
田口トモロウのナレーションが聞こえてきます。中島みゆきの「地上の星」がかぶさります。
しかも、手法は『ミリオンダラー・ベイビー』と『スウィングガールズ』を足した熱血スポーツ根性もの。『パッチギ!』の李鳳宇プロデューサーが作っているのに、その深みがありません。
確かに、ゴウ先生は泣けました。しかし、心のどこかで、二番煎じの感が強い映画であるという思いがうごめくのです。
★よっ、お竜さん!
そういうゴウ先生を救ったのが、富司純子さんでした。
前日『寝ずの番』で粋な芸者姿の純子さんを見てきたばかりなのに、今日は炭鉱の女。そして、それが合うのです!
東映任侠映画華やかし頃、純子さんは「緋牡丹お竜」という大看板を背負って日本中で戦ってきました。
その緋牡丹お竜がよみがえってきたのかと、ゴウ先生、錯覚するほどでした。
思えば、明治の末に生きる侠客は、富国強兵という時代の波と戦う守旧派でした。ゆえに、戦う相手は、合理化を叫ぶ会社経営者であり、利益追求に走る新興ヤクザ。その時代背景と重なるからこそ昭和40年代に、東映任侠映画が大ブレイクしたのでした。
侠客の生き様を美学と呼べるまで追究した高倉健さん・鶴田浩二とならんでそのブームを支えたのが、だれあろう純子さんでした。粋でいなせで強かったのです。
おそらく製作者はそのことを踏まえて昭和40年設定の本作に、彼女を起用したのだと想像します。実際、お竜さんが戦う相手には、炭鉱夫を虫けら扱いする炭鉱経営者もいたのですから。
その凛とした佇まいで炭鉱住宅を歩く姿を正面から撮るカットは、身に着けているものこそ、炭鉱の女として貧しいものですが、その背中には緋牡丹が彫られているかのようでした。
そして、最初は炭鉱側に立っていた純子さん演じる千代が、娘・紀美子のガンバリに打たれ、炭鉱よりもハワイアンを選ぶ形になり、お竜さんとしてカンバックするのには、拍手を送りたくなったほどです。
もちろん、蒼井優のフラダンスは見事です。最後のソロで躍る場面は鳥肌が立ちます。彼女の将来性も買います。
しかし、ゴウ先生に落涙をもたらしたのは、娘の晴れ姿をこっそり見に来ていた母千代の姿でした。見事に踊りきった娘に対して、泣きながら拍手する姿に、ゴウ先生は最高のカタルシスを得たのでした。
都会のダンサーが落ちぶれて田舎に流れてきて、土地の人間と軋轢を繰り返しながら、その土地に同化していくという、ありきたりな前半の流れには少し不安を感じましたが、最後の純子さんの拍手でそれも許せる気になったのでした。
本作、少なくともゴウ先生には、純子さんなしでは成り立たなかった映画です。
++++++++++
画質(ビスタ): A-
シネ・リーブル池袋1のスクリーンは、180人という収容人員の割にはかなり大きめ(同作を今現在上映中のアミューズCQN1のそれより、おそらく大きいはずです)。それを前から5列目で見上げる形で見ましたが、フォーカスその他まったく問題ありません。「銀残し」という手法が嫌いなので、Aを差し上げませんでしたが、本作を見るには最適な映画館のひとつではないでしょうか。
音質(SRD?): A-
効果音や通常の音楽はサラウンドしません。しかし、ダンスシーンになると思い切って音を回すので、頭の上からパーカッションが降ってくる感じになる迫力です。しかも、この小屋のPAは透明度が高く、セリフの抜け、弦楽器の響きが実にきれいです。
++++++++++
気になるところを、アト・ランダムに。
☆個人的には、常磐炭鉱を解雇されて、炭鉱で働くために夕張まで流れていった早苗一家のその後が気になって仕方ありません。本当に早苗にはフラガールの一員として躍らせてあげたかった。でも、あれが当時の日本の貧しさだったのです。戦後は決して終わっていませんでした。
☆松雪泰子が登場する場面。『カルメン、故郷に帰る』の高峰秀子を思い出しました。ちょっと古すぎますか。
☆時代考証の甘さ、多分にあると思います。でも、許します。個人的には、平山まどかがもっていたサムソナイトのトランクが、1986年ごろにゴウ先生が買ったものと同じタイプだったのには愕然としたのですが。
☆本作、ゴウ先生にいわせれば、松雪泰子と豊川悦司の映画ではありません。蒼井優と富司純子の母娘映画です。炭鉱が男の世界であるだけに、男勝りの女ばかりが登場しますが、残念ながら、松雪だけはそれから外れてしまった印象です。
☆その蒼井優。踊る彼女は輝いていました。その輝きが普通の場面でもっと活かされていればと思っていました。あまりにその落差が大きすぎます。
☆山崎静代の起用は、いまいちでした。彼女に笑わせる技術と才能がないのか脚本が悪いのか、彼女の存在がうまくコミックリリーフとして使われていません。
☆個人的に好きだったのは、会社の庶務係で子持ちの初子を演じた池津祥子。最近一番面白かったテレビドラマ『吾輩は主婦である』でのぶっ飛んだキャラクターもよかったのですが、今回も映画をしめてくれました。よい脇役として活躍してもらいたいものです。
☆のん兵衛で乱暴者の早苗の父親役の高橋克美。怖いです。ゴウ先生、自分の親父を思い出しました。TBSドラマの『セカチュー』以来の好演でしょうか。
++++++++++
あれこれ不満があるのは事実。しかし、泣いたのも事実。前半のもたつきと松雪泰子の存在感が薄く感じられたところ以外は許せました。
1800円の価値は微妙ですが、サービス・デーを活用してでも映画館で見ていただきたいと思います。
映画館でいえば、シネ・リーブル池袋はお薦めです。しかもこの最終回は、帰りは遅くなりますが、1200円のレイトショー料金で見られますし、空いていますので、尚のこと推薦させてもらいます。
シネ・リーブル池袋公式サイト: http://www.cinelibre.jp/ikebukuro/index.html
(とはいえ、今日27日に渋谷のアミューズCQNとシネ・リーブル池袋に行ったら、どちらもほぼ満員の盛況でした。恐るべし『フラガール』人気です。)
★ゴウ先生、邦画に走る
最近見たい映画が日本映画に集中していて、英語塾塾長のブログにしてはいかんなあと思う日々ですが、仕方ありません。面白い邦画が多すぎるのです!(またすぐに、英語学習に役立つ面白い映画を紹介しますから、ご期待ください。)
そんなわけで、前日『寝ずの番』・『かもめ食堂』を見た池袋に二日続けて通います。
仕事を大体終えた8時過ぎ、急いで駆け込むシネ・リーブル池袋。東武百貨店のどこかの8階にあるのですが(?!)、何度も来ているのにスムーズに来られたことがありません。今日も軽く道に迷って(!)、予告編の途中から見始めることになりました。
幸い、この時間帯だと客席はガラガラ。前から5列目の席に陣取り、左右前後だれも視界に入らない状況を作って映画に没入します。
★銀残し?
こうして始まった本作、感動させてくれと願います。ところが、最初に軽く躓きます。「銀残し」という手法で、カラーなのにモノクロっぽい質感で絵が作られていて、ゴウ先生の好きなタイプではなかったのです。
しかも、昭和40年・1965年というのが、現代の映画制作者にもはやこういう少し古臭く見える絵で再現させたくなる時代なのかと思うと、1961年生まれのゴウ先生、複雑な気分です。
映し出される常磐炭鉱の絵。灰色と黒しかない炭鉱住宅。あの石炭の匂いがしてきそうではあるのですが。
★昭和40年の炭鉱は、貧しかった
冒頭、登場する二人の少女。ボロボロの服を着た早苗(徳永えり)とセーラー服の紀美子(蒼井優)。ボタ山の上でフラガールになろうと早苗が紀美子を誘っています。
貧しさが漂います。ここまで貧しかったかどうか。かく言うゴウ先生、父親が炭鉱で働いていたために、4歳の時(昭和40年)まで炭鉱で育ちました。福島ではなく長崎の炭鉱ですが。
確かに、早苗がもんぺを穿いているのは少し違和感があります。高校には行っていない早苗でも、中学時代の安物ジャージーぐらいはもっていたのではないのかと[この部分やまうちさんのコメントに従い、修正しました]。
しかし、本作中盤で映される早苗の家を見て合点がいきます。破れかぶれのふすまが新聞紙で穴埋めされていて、“そうだ、ああだった炭住は”と思い出しました。
しかも、早苗の家には母親がいません。父親(高橋克美)は飲んだくれの炭鉱夫で、弟妹が3人。中学校のジャージーも買えなかったかもしれません。そんな家庭が全国の炭鉱にはどこにでもあったのです。(わが家も似たようなものでした。)
昭和40年。都会はどうあれ、地方は実に貧しいものでした。数年後田中角栄が現れて「日本列島改造論」をぶった時に地方は大拍手だったことを忘れてはなりません。
そんなわけで、40年前の実体験を本作にオーバーラップさせながら見るゴウ先生、涙腺が極めて緩くなりました。
★コメディのはずが・・・
とはいえ、期待していたのは、泣いて笑える、ペーソスたっぷりのコメディ。その笑いの部分がいまいち弾けないのはいただけません。
コメディというよりも、これはシリアスな『プロジェクトX』ではないですか!(何のためにしずちゃんを使ったのか!)
衰退する石炭産業。相次ぐ人員解雇。町はさびれた。それを救うために立ち上がったのが、炭鉱の娘たちだった・・・。
田口トモロウのナレーションが聞こえてきます。中島みゆきの「地上の星」がかぶさります。
しかも、手法は『ミリオンダラー・ベイビー』と『スウィングガールズ』を足した熱血スポーツ根性もの。『パッチギ!』の李鳳宇プロデューサーが作っているのに、その深みがありません。
確かに、ゴウ先生は泣けました。しかし、心のどこかで、二番煎じの感が強い映画であるという思いがうごめくのです。
★よっ、お竜さん!
そういうゴウ先生を救ったのが、富司純子さんでした。
前日『寝ずの番』で粋な芸者姿の純子さんを見てきたばかりなのに、今日は炭鉱の女。そして、それが合うのです!
東映任侠映画華やかし頃、純子さんは「緋牡丹お竜」という大看板を背負って日本中で戦ってきました。
その緋牡丹お竜がよみがえってきたのかと、ゴウ先生、錯覚するほどでした。
思えば、明治の末に生きる侠客は、富国強兵という時代の波と戦う守旧派でした。ゆえに、戦う相手は、合理化を叫ぶ会社経営者であり、利益追求に走る新興ヤクザ。その時代背景と重なるからこそ昭和40年代に、東映任侠映画が大ブレイクしたのでした。
侠客の生き様を美学と呼べるまで追究した高倉健さん・鶴田浩二とならんでそのブームを支えたのが、だれあろう純子さんでした。粋でいなせで強かったのです。
おそらく製作者はそのことを踏まえて昭和40年設定の本作に、彼女を起用したのだと想像します。実際、お竜さんが戦う相手には、炭鉱夫を虫けら扱いする炭鉱経営者もいたのですから。
その凛とした佇まいで炭鉱住宅を歩く姿を正面から撮るカットは、身に着けているものこそ、炭鉱の女として貧しいものですが、その背中には緋牡丹が彫られているかのようでした。
そして、最初は炭鉱側に立っていた純子さん演じる千代が、娘・紀美子のガンバリに打たれ、炭鉱よりもハワイアンを選ぶ形になり、お竜さんとしてカンバックするのには、拍手を送りたくなったほどです。
もちろん、蒼井優のフラダンスは見事です。最後のソロで躍る場面は鳥肌が立ちます。彼女の将来性も買います。
しかし、ゴウ先生に落涙をもたらしたのは、娘の晴れ姿をこっそり見に来ていた母千代の姿でした。見事に踊りきった娘に対して、泣きながら拍手する姿に、ゴウ先生は最高のカタルシスを得たのでした。
都会のダンサーが落ちぶれて田舎に流れてきて、土地の人間と軋轢を繰り返しながら、その土地に同化していくという、ありきたりな前半の流れには少し不安を感じましたが、最後の純子さんの拍手でそれも許せる気になったのでした。
本作、少なくともゴウ先生には、純子さんなしでは成り立たなかった映画です。
++++++++++
画質(ビスタ): A-
シネ・リーブル池袋1のスクリーンは、180人という収容人員の割にはかなり大きめ(同作を今現在上映中のアミューズCQN1のそれより、おそらく大きいはずです)。それを前から5列目で見上げる形で見ましたが、フォーカスその他まったく問題ありません。「銀残し」という手法が嫌いなので、Aを差し上げませんでしたが、本作を見るには最適な映画館のひとつではないでしょうか。
音質(SRD?): A-
効果音や通常の音楽はサラウンドしません。しかし、ダンスシーンになると思い切って音を回すので、頭の上からパーカッションが降ってくる感じになる迫力です。しかも、この小屋のPAは透明度が高く、セリフの抜け、弦楽器の響きが実にきれいです。
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気になるところを、アト・ランダムに。
☆個人的には、常磐炭鉱を解雇されて、炭鉱で働くために夕張まで流れていった早苗一家のその後が気になって仕方ありません。本当に早苗にはフラガールの一員として躍らせてあげたかった。でも、あれが当時の日本の貧しさだったのです。戦後は決して終わっていませんでした。
☆松雪泰子が登場する場面。『カルメン、故郷に帰る』の高峰秀子を思い出しました。ちょっと古すぎますか。
☆時代考証の甘さ、多分にあると思います。でも、許します。個人的には、平山まどかがもっていたサムソナイトのトランクが、1986年ごろにゴウ先生が買ったものと同じタイプだったのには愕然としたのですが。
☆本作、ゴウ先生にいわせれば、松雪泰子と豊川悦司の映画ではありません。蒼井優と富司純子の母娘映画です。炭鉱が男の世界であるだけに、男勝りの女ばかりが登場しますが、残念ながら、松雪だけはそれから外れてしまった印象です。
☆その蒼井優。踊る彼女は輝いていました。その輝きが普通の場面でもっと活かされていればと思っていました。あまりにその落差が大きすぎます。
☆山崎静代の起用は、いまいちでした。彼女に笑わせる技術と才能がないのか脚本が悪いのか、彼女の存在がうまくコミックリリーフとして使われていません。
☆個人的に好きだったのは、会社の庶務係で子持ちの初子を演じた池津祥子。最近一番面白かったテレビドラマ『吾輩は主婦である』でのぶっ飛んだキャラクターもよかったのですが、今回も映画をしめてくれました。よい脇役として活躍してもらいたいものです。
☆のん兵衛で乱暴者の早苗の父親役の高橋克美。怖いです。ゴウ先生、自分の親父を思い出しました。TBSドラマの『セカチュー』以来の好演でしょうか。
++++++++++
あれこれ不満があるのは事実。しかし、泣いたのも事実。前半のもたつきと松雪泰子の存在感が薄く感じられたところ以外は許せました。
1800円の価値は微妙ですが、サービス・デーを活用してでも映画館で見ていただきたいと思います。
映画館でいえば、シネ・リーブル池袋はお薦めです。しかもこの最終回は、帰りは遅くなりますが、1200円のレイトショー料金で見られますし、空いていますので、尚のこと推薦させてもらいます。
シネ・リーブル池袋公式サイト: http://www.cinelibre.jp/ikebukuro/index.html
(とはいえ、今日27日に渋谷のアミューズCQNとシネ・リーブル池袋に行ったら、どちらもほぼ満員の盛況でした。恐るべし『フラガール』人気です。)
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