2006.04.13 Thursday
いつか読書する日

いつか読書する日
2005年7月2日初公開
新文芸座
2006年4月12日(水)11時50分からの回
(併映:『火火』)
ゴウ先生ランキング: A-
公式サイト: http://www.eiga-dokusho.com/
当日2本目となる田中裕子主演映画。ドドっとジジババが押し寄せます。新文芸座の8割ぐらいが埋まったのではないでしょうか。ジジババは、本作が好きなのか、それとも映画を見る以外にすることがないのか。一人一人にお尋ねしたくなりました。
ただし、田中裕子という女優がジジババ受けする女優であることは、NHKの化物ドラマ『おしん』で証明されています。しかも、本作ではあの時おしん(田中)をいじめた佐賀の姑(渡辺美佐子)まで出てくるのです。最近のジジババ、そこまで調べて来訪したのかもしれません。
とはいえ、そんなことは見始めてから考え出したこと。『火火』同様、まったくの予習なし。チラシさえ見ていません。
+++++ここから、ネタバレ注意!+++++
そこで始まったこの映画、坂道を走る田中の足元がやけに気になります。
エンディングのクレジットによると、長崎市内で撮影されたとか。どうりでどこかで見たことがある場所だと感じたわけです。
しかし、見ている最中はそれがどこだかわかりません。30年以上訪れていない長崎の風景をはっきりと思い出せるわけがないのです。
そのどことも知れない坂道を、毎朝主人公大場美奈子(田中)は瓶入りの牛乳を担いで走り登ります。見ているこちらは、何を求めてそのような決して楽ではない仕事を50歳の未婚の女性がしているのか知りたくて、心をかきむしられます。
そして登りついた坂の上の配達先。高校時代から30年以上好きである高梨槐多(岸部一徳)の家でした。
槐多は好きでもない牛乳を2本、頼み続けています。決まって6時5分に牛乳瓶の触れ合う音を立てながら登ってくる美奈子の気配を感じたくて。
他方、美奈子は自分の足元が気になります。不倫をしていたであろう実の母(鈴木砂羽)と槐多の父(杉本哲太)が事故で死んで以来、一人で生きていくことを決めた美奈子。この町を出て行かず静かに槐多を思う生活は、まさしく「足元」を見続ける生活だったのです。それゆえ、カメラも執拗に足元を追いかけます。
しかし、美奈子も槐多も足元を気にしつつも、自分の欲求をすべて捨て去ったわけではありません。
一人で寂しくないですかと働くスーパーの後輩から訊かれた時、美奈子は「クタクタになって、眠ればいいのよ」と応えます。逆に言えば、クタクタにならなければ眠られない燃えさかる情念を美奈子は持っていたということなのです。(このあたり、疲れ果てて布団でうつぶせのまま死んだように眠る『火火』の神山清子とだぶります。たくましさの裏側のせつなさが。)
市役所の児童福祉課で働く槐多も同じでした。平凡な業務と末期がんの妻(仁科亜季子)の看病の日々。自分を殺し、毎朝の美奈子の牛乳配達の音だけを頼りに生きているように見えます。しかし、心の中にフツフツと湧き上がる現状への苛立ちがあったのです。
市役所に苦情を言いに来た老人に槐多は尋ねます。「50歳から85歳までは長いですか?」
槐多は動きました。児童虐待する母親から息子二人を救うために、上司(山田辰夫)を説得し、児童相談所に働きかけるのです。
やがて槐多の妻が死に、美奈子は槐多を誘い母と槐多の父が事故に遭った現場へ連れていきます。そして、「いままでしたかったこと、全部して」と地面にへばりついていた心を天へと羽ばたかせるのでした。

淡々と進む恋心が炎のように燃えさかるその瞬間を、無作法なキスシーンで映画は捉えます。シルエットで映し出される互いの服を脱がせあうその場面は、映画史上最も美しいラブシーンではないでしょうか。
しかし、二人のドラマはそこで終わりません。愛を表に出すことを許された二人は、さらに欲張ります。足元を見つめることを忘れました。そしてそういう愚かなことは男がやるに決まっています。
高校時代、溺れそうになったことを美奈子に笑われてショックだったといまでもいい続ける槐多。子供が川で溺れそうになったのを助けに行き、そして溺れ死にました。
川の底から引き上げられた槐多は、不思議と笑顔でありました。高校時代の仇を取った思いなのかもしれません。
そして、美奈子と槐多の長くて短い恋は、終わったのでした。
++++++++++
珍しく、ストーリー展開を語ったレビューを書いてしまいました。それだけ、脚本が優れており、地味で平凡な人生などどこにもないといってくれているドラマだからです。
見ている最中は、こんなものかなと思っていましたが、映画館を出てしばらくすると、何ともいえない切なさがこみ上げてきました。ラストシーンで大写しになる坂の上の田中のうなじの汗が、ゴウ先生には涙に思えるようになったのです。
じわりとボディブローが効いてくる珠玉の大人のラブストーリーです。
++++++++++
画質 (ビスタ): B+
同じ時期の日本映画で、主演女優も同じなのに、これほど画面の質感が違うものかと妙に感心してしまいました。本作のほうが、色は濃いめです。ただし、残念なことに使用プリントはかなり傷んでいました。雨降りが冒頭見られたほどです。本作はそれだけ人気だったということでしょうか。『火火』にはみられなかった現象でした。
音質 (ドルビーステレオ?):B-/C+
音に濁りを感じますし、広がりも奥行きもほとんどないモノラル状態。池辺晋一郎の素晴らしい曲ももっとよいサウンド・デザインで聴きたい気がしました。アコーディオン(バンドネオン?)の音がもっと切れているはずなのです、本来は。
++++++++++
気になったところを、アト・ランダムに。
☆本作は、暗闇の中で観客に極度の緊張を強いながら進む作品。久方ぶりに、映画でなければ表現できない映画を見た気がします。観客をテレビの前に釘付けにしておかなければ成立しないテレビドラマとはまったく発想が違う作品です。ゴウ先生、こういう映画が見たかったのです。
☆ミニ・シアター系の映画館でしか上映されなかった本作。新文芸座のこんなに大きなスクリーンで上映されたのは初めてではないかと思われます。そして躍動する田中裕子の熱演に、これは小さな画面のテレビで見るべきものではないと思ったのでした。
☆田中の素晴らしさの秘密の一端を劇中発見した気がしました。それは彼女の身体の柔らかさです。働いているスーパーの休憩時間にストレッチをするシーンがあるのですが、その時のしなるような身体の動き。ゴウ先生、目が釘付けになりました。
☆岸部一徳。最初、なんでこんなダサイ親父がいまでも好きなんだろうと不思議でなりません。しかし、エンディングが近づくにつれて、美奈子を幸せにしてやってくれと頼む気になります。この人が重宝される理由がよく分かる映画です。
☆ゴウ先生が田中の実の夫である沢田研二だったら、本作を見て相当嫉妬しそうです。まずもって、槐多は自分がやりたかったといいたいですし、田中を虜にする岸部そのものにも嫉妬しそうです。ゆえに、かつてのバンド仲間の意見を知りたいのですが・・・。
☆二人を除くと、最高だったのが老人性認知症にかかって徘徊を続ける元英文学者を演じた上田耕一。妻の渡辺美佐子から怒られると、あの怖い顔で「ごめんなさい」と素直に謝るところなど最高です。
☆上田の演技を見ていて思ったのは、ボケも恋も要は自分を見失うという意味では同じなのかもしれないということでした。
☆渡辺美佐子、タバコの吸いすぎです。灰皿の上に火のついたタバコを放置するのもやめましょう。ゴウ先生、生理的に嫌になりました。
☆やっぱり、山田辰夫、好きです。脇がしっかりしている映画は最高です。
++++++++++
坂道が登場する映画は、なぜか心が惹かれます。息を切らしながら登るという行為に清々しさを感じるからでしょうか。美奈子の美しさをもう一度目にしたい気がします。
発売されているDVDを入手して、本作で唯一気に入らなかったサウンド・デザインを確認してみるつもりです。
ぜひ、見てください。
ただし、田中裕子という女優がジジババ受けする女優であることは、NHKの化物ドラマ『おしん』で証明されています。しかも、本作ではあの時おしん(田中)をいじめた佐賀の姑(渡辺美佐子)まで出てくるのです。最近のジジババ、そこまで調べて来訪したのかもしれません。
とはいえ、そんなことは見始めてから考え出したこと。『火火』同様、まったくの予習なし。チラシさえ見ていません。
+++++ここから、ネタバレ注意!+++++
そこで始まったこの映画、坂道を走る田中の足元がやけに気になります。
エンディングのクレジットによると、長崎市内で撮影されたとか。どうりでどこかで見たことがある場所だと感じたわけです。
しかし、見ている最中はそれがどこだかわかりません。30年以上訪れていない長崎の風景をはっきりと思い出せるわけがないのです。
そのどことも知れない坂道を、毎朝主人公大場美奈子(田中)は瓶入りの牛乳を担いで走り登ります。見ているこちらは、何を求めてそのような決して楽ではない仕事を50歳の未婚の女性がしているのか知りたくて、心をかきむしられます。
そして登りついた坂の上の配達先。高校時代から30年以上好きである高梨槐多(岸部一徳)の家でした。
槐多は好きでもない牛乳を2本、頼み続けています。決まって6時5分に牛乳瓶の触れ合う音を立てながら登ってくる美奈子の気配を感じたくて。
他方、美奈子は自分の足元が気になります。不倫をしていたであろう実の母(鈴木砂羽)と槐多の父(杉本哲太)が事故で死んで以来、一人で生きていくことを決めた美奈子。この町を出て行かず静かに槐多を思う生活は、まさしく「足元」を見続ける生活だったのです。それゆえ、カメラも執拗に足元を追いかけます。
しかし、美奈子も槐多も足元を気にしつつも、自分の欲求をすべて捨て去ったわけではありません。
一人で寂しくないですかと働くスーパーの後輩から訊かれた時、美奈子は「クタクタになって、眠ればいいのよ」と応えます。逆に言えば、クタクタにならなければ眠られない燃えさかる情念を美奈子は持っていたということなのです。(このあたり、疲れ果てて布団でうつぶせのまま死んだように眠る『火火』の神山清子とだぶります。たくましさの裏側のせつなさが。)
市役所の児童福祉課で働く槐多も同じでした。平凡な業務と末期がんの妻(仁科亜季子)の看病の日々。自分を殺し、毎朝の美奈子の牛乳配達の音だけを頼りに生きているように見えます。しかし、心の中にフツフツと湧き上がる現状への苛立ちがあったのです。
市役所に苦情を言いに来た老人に槐多は尋ねます。「50歳から85歳までは長いですか?」
槐多は動きました。児童虐待する母親から息子二人を救うために、上司(山田辰夫)を説得し、児童相談所に働きかけるのです。
やがて槐多の妻が死に、美奈子は槐多を誘い母と槐多の父が事故に遭った現場へ連れていきます。そして、「いままでしたかったこと、全部して」と地面にへばりついていた心を天へと羽ばたかせるのでした。

淡々と進む恋心が炎のように燃えさかるその瞬間を、無作法なキスシーンで映画は捉えます。シルエットで映し出される互いの服を脱がせあうその場面は、映画史上最も美しいラブシーンではないでしょうか。
しかし、二人のドラマはそこで終わりません。愛を表に出すことを許された二人は、さらに欲張ります。足元を見つめることを忘れました。そしてそういう愚かなことは男がやるに決まっています。
高校時代、溺れそうになったことを美奈子に笑われてショックだったといまでもいい続ける槐多。子供が川で溺れそうになったのを助けに行き、そして溺れ死にました。
川の底から引き上げられた槐多は、不思議と笑顔でありました。高校時代の仇を取った思いなのかもしれません。
そして、美奈子と槐多の長くて短い恋は、終わったのでした。
++++++++++
珍しく、ストーリー展開を語ったレビューを書いてしまいました。それだけ、脚本が優れており、地味で平凡な人生などどこにもないといってくれているドラマだからです。
見ている最中は、こんなものかなと思っていましたが、映画館を出てしばらくすると、何ともいえない切なさがこみ上げてきました。ラストシーンで大写しになる坂の上の田中のうなじの汗が、ゴウ先生には涙に思えるようになったのです。
じわりとボディブローが効いてくる珠玉の大人のラブストーリーです。
++++++++++
画質 (ビスタ): B+
同じ時期の日本映画で、主演女優も同じなのに、これほど画面の質感が違うものかと妙に感心してしまいました。本作のほうが、色は濃いめです。ただし、残念なことに使用プリントはかなり傷んでいました。雨降りが冒頭見られたほどです。本作はそれだけ人気だったということでしょうか。『火火』にはみられなかった現象でした。
音質 (ドルビーステレオ?):B-/C+
音に濁りを感じますし、広がりも奥行きもほとんどないモノラル状態。池辺晋一郎の素晴らしい曲ももっとよいサウンド・デザインで聴きたい気がしました。アコーディオン(バンドネオン?)の音がもっと切れているはずなのです、本来は。
++++++++++
気になったところを、アト・ランダムに。
☆本作は、暗闇の中で観客に極度の緊張を強いながら進む作品。久方ぶりに、映画でなければ表現できない映画を見た気がします。観客をテレビの前に釘付けにしておかなければ成立しないテレビドラマとはまったく発想が違う作品です。ゴウ先生、こういう映画が見たかったのです。
☆ミニ・シアター系の映画館でしか上映されなかった本作。新文芸座のこんなに大きなスクリーンで上映されたのは初めてではないかと思われます。そして躍動する田中裕子の熱演に、これは小さな画面のテレビで見るべきものではないと思ったのでした。
☆田中の素晴らしさの秘密の一端を劇中発見した気がしました。それは彼女の身体の柔らかさです。働いているスーパーの休憩時間にストレッチをするシーンがあるのですが、その時のしなるような身体の動き。ゴウ先生、目が釘付けになりました。
☆岸部一徳。最初、なんでこんなダサイ親父がいまでも好きなんだろうと不思議でなりません。しかし、エンディングが近づくにつれて、美奈子を幸せにしてやってくれと頼む気になります。この人が重宝される理由がよく分かる映画です。
☆ゴウ先生が田中の実の夫である沢田研二だったら、本作を見て相当嫉妬しそうです。まずもって、槐多は自分がやりたかったといいたいですし、田中を虜にする岸部そのものにも嫉妬しそうです。ゆえに、かつてのバンド仲間の意見を知りたいのですが・・・。
☆二人を除くと、最高だったのが老人性認知症にかかって徘徊を続ける元英文学者を演じた上田耕一。妻の渡辺美佐子から怒られると、あの怖い顔で「ごめんなさい」と素直に謝るところなど最高です。
☆上田の演技を見ていて思ったのは、ボケも恋も要は自分を見失うという意味では同じなのかもしれないということでした。
☆渡辺美佐子、タバコの吸いすぎです。灰皿の上に火のついたタバコを放置するのもやめましょう。ゴウ先生、生理的に嫌になりました。
☆やっぱり、山田辰夫、好きです。脇がしっかりしている映画は最高です。
++++++++++
坂道が登場する映画は、なぜか心が惹かれます。息を切らしながら登るという行為に清々しさを感じるからでしょうか。美奈子の美しさをもう一度目にしたい気がします。
発売されているDVDを入手して、本作で唯一気に入らなかったサウンド・デザインを確認してみるつもりです。
ぜひ、見てください。