2006.01.26 Thursday
ヒトラー 〜最後の12日間〜

ヒトラー ~最期の12日間~ スペシャル・エディション
ゴウ先生ランキング: A-
早稲田松竹
2006年1月25日(水)9:30からの回
公式サイト: http://www.hitler-movie.jp/index2.html
ずっと見たかった映画です。やっと見ることができました。
ロードショー公開されていた渋谷・新宿の映画館と相性が悪いゴウ先生、早くもっと環境の良い映画館で上映されることを望んでいました。
その後昨年12月に池袋の新文芸座に降りてきた時に絶対見るつもりでいたのですが、スケジュールの調整がつきませんでした。
したがって、今回早稲田松竹で見ることができて大いに満足しています。しかも、昨日このブログで書いた『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』という拾い物とも出会えました。ラッキーです。
そして、この映画、ゴウ先生の中では、2005年にロードショー公開された洋画でナンバーワンの作品となりました。もはや、『ミリオンダラー・ベイビー』も『シンデレラ・マン』も敵いません。
凄い作品です。脳天をぶっ飛ばされます。
邦題を見ると、映画の縦の流れは分かります。1945年4月30日にアドルフ・ヒトラーが、ベルリンの地下要塞で愛人エヴァ・ブラウンと自決(心中?)するに至る12日間をじっくりと描きこんだ作品だからです。
そもそもなぜ12日間であったか。ヒトラーが1989年4月20日に生まれているために、誕生日前日1945年4月19日深夜から映画の大部分が構成されているからです。誕生日からわずか11日で死を選ばねばならなかった国家指導者の哀しみを抉りたかったのでありましょう。
その点、原題が邦題とニュアンスが違うことを承知しておくべきです。原題は、ドイツ語で“Der Untergang”。英題は、“Downfall”と訳されています。すなわち「崩壊」という日本語が一番相応しいタイトルを持つ映画なのです」(この映画の直訳として幅広く使われている「没落」という言葉よりもこちらの方がベターだと思います)。
実際、ヒトラーがどんどん「壊れていく」様が、ブルーノ・ガンツの名演技のおかげで、単なる史実を描いた作品というレベルを超えて、強烈な人間ドラマに仕上がっています。
1989年生まれのヒトラーですから、当時56歳になったばかり。にもかかわらず、ガンツ=ヒトラーは亡霊のようなヨボヨボの老いぼれです。
現代のわれわれは、しゃんとした年齢相応の若き独裁者の威勢の良い映像しか知りません。ゆえに、非常に違和感があります。しかし、やはり人間というもの、あれほどの窮地に追い詰められれば、一挙に老けていくものでしょう。
最後のラジオ演説が1945年1月30日。そこで「ドイツは滅び去らねばならない」という有名な焦土作戦の決意を述べて、ベルリンの地下要塞に籠もります。
それ以降、次第に激しくなるソ連軍の攻撃を耳にしながら、彼は一日が一年に匹敵するほど年を取っていったのではないかと想像するしかありません。
その意味では、彼の肉体的生命もすでにこの段階では終えていたのでしょう。画面は正直に監督の意図を反映しています。
禁酒禁煙のうえ、菜食主義のヒトラー。健康には人一倍気をつけていたはずなのです。しかし、バセドー氏病なのか、左手は常にブルブル震え、彼の頭脳は現状を正確に把握する能力をとうに失っていたのでした。
あまりに悲しすぎる、神になれなかった男の姿です。
しかし、映画の凄さは、ヒトラー個人の「崩壊」だけを描くのではなく、崩壊していく第三帝国の実情を――地下要塞の中とほんの一部のベルリン市街を映し出すだけで――描ききったところにあります。
ベルリン市街がボロボロになっていくのに、大量の死傷者が外にはいるのに、地下要塞の中では毎日毎晩酒盛りの日々。市民を守る意図も飢餓のイメージもまったくありません。軍部がすべての物資を市民から奪い取っていたのが分かります。
他方次々と現れる、緩みきった規律の兵士、SS(ナチス親衛隊)が行うドイツ人の中の裏切り者狩り、地下鉄の駅に非難している市民の空ろさ、地下の野戦病院で日々繰り広げられる手術という名の手足の切断、などなど。眉をひそめずに見られるシーンはどこにもないのです。
それに追い討ちをかける、劇中ガンツ=ヒトラーが数回繰り返す、「市民は滅びたがっている」という言葉。
国を挙げて崩壊へとひた走る恐ろしさが画面からにじみ出てきます。ヒトラーだけが狂っていたのではなく、すべてが狂っていたのです。
「責任をヒトラーだけに押し付けてよいのか?」監督の意図が透けて見えます。
ともあれ、無残な死の連続です。映し出されないソ連軍の恐ろしさよりも、自国人同士が殺しあう不条理さが胸に迫ります。
その不条理の極致として、ゲッペルス夫人が6人の子供に毒薬を服ませるシーンをカメラは延々と追いかけます。可愛い子供たちを「帝国以外で育てたくはない」と言って、母親が殺していくのです。
「狂気」が淡々と展開する様は、観客のすべての胸を締め付けないはずはありません。
人間を知りたければ、戦争を知りたければ、この映画を見るべきです。『シンドラーのリスト』も、『プライベート・ライアン』も、『戦場のピアニスト』も、『スターリングラード』も超えました。
惜しむらくは、戦場シーンが上記の映画を超えておらず、箱庭的なちゃちさが観客を白けさせる恐れがあることです。
(しかし、その手作り感のある戦場シーン。エンドロールにILMやスカイウォーカーランチのクレジットが流れない画面には新鮮さがあったことも事実です。)
救いのない映画の中で、ヒトラーの秘書トラウドゥル・ユンゲ役のアレクサンドラ・マリア・ララの美しさにはホッとさせられます。
「崩壊」の後、明るい春の日差しを浴びて自転車に乗るラスト・シーンは、ドイツ人全員だけでなく、観客全員の願いを表していると思います。
ヒトラーの罪の重さと同時に、その罪を贖いながら生きていかねばならない人間の宿命が描かれています。納得できる演出です。
ただし、ユンゲ本人が出てきて語る場面は必要だったのか。ユダヤ人対策だとは思いますが、『シンドラーのリスト』の最後の場面同様、ゴウ先生は否定的な見解を持っています。
++++++++++
画質(ビスタ): B
室内シーンが多いために、ビスタが採用されたのでしょう。成功しているとは思います。しかし、敢えて申し上げさせてもらえれば、シネスコサイズで見たかった気がします。狭い地下要塞を、短躯のヒトラーが崩れ去る様を横移動を強調した画面で映すと面白かったように思うのです。
音質: B+
サラウンドもまあまあ。そして、サブ・ウーファーの重低音がかなり効いた映画です。相当な迫力があります。Gump Theatreで挑戦してみたくなりました。
++++++++++++
ドイツ人によるドイツ語映画です。自国の歴史を偏見なしに描ききった作品にはアッパレという言葉を送りたいです。
英語を勉強しているビジネスパーソンだから、英語映画以外は見ないというのでは、あまりに狭い了見です。
絶対に一度は見ておくべき映画でしょう。INDECでの上映も決定しました。早くDVDを買わないと・・・。
ロードショー公開されていた渋谷・新宿の映画館と相性が悪いゴウ先生、早くもっと環境の良い映画館で上映されることを望んでいました。
その後昨年12月に池袋の新文芸座に降りてきた時に絶対見るつもりでいたのですが、スケジュールの調整がつきませんでした。
したがって、今回早稲田松竹で見ることができて大いに満足しています。しかも、昨日このブログで書いた『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』という拾い物とも出会えました。ラッキーです。
そして、この映画、ゴウ先生の中では、2005年にロードショー公開された洋画でナンバーワンの作品となりました。もはや、『ミリオンダラー・ベイビー』も『シンデレラ・マン』も敵いません。
凄い作品です。脳天をぶっ飛ばされます。
邦題を見ると、映画の縦の流れは分かります。1945年4月30日にアドルフ・ヒトラーが、ベルリンの地下要塞で愛人エヴァ・ブラウンと自決(心中?)するに至る12日間をじっくりと描きこんだ作品だからです。
そもそもなぜ12日間であったか。ヒトラーが1989年4月20日に生まれているために、誕生日前日1945年4月19日深夜から映画の大部分が構成されているからです。誕生日からわずか11日で死を選ばねばならなかった国家指導者の哀しみを抉りたかったのでありましょう。
その点、原題が邦題とニュアンスが違うことを承知しておくべきです。原題は、ドイツ語で“Der Untergang”。英題は、“Downfall”と訳されています。すなわち「崩壊」という日本語が一番相応しいタイトルを持つ映画なのです」(この映画の直訳として幅広く使われている「没落」という言葉よりもこちらの方がベターだと思います)。
実際、ヒトラーがどんどん「壊れていく」様が、ブルーノ・ガンツの名演技のおかげで、単なる史実を描いた作品というレベルを超えて、強烈な人間ドラマに仕上がっています。
1989年生まれのヒトラーですから、当時56歳になったばかり。にもかかわらず、ガンツ=ヒトラーは亡霊のようなヨボヨボの老いぼれです。
現代のわれわれは、しゃんとした年齢相応の若き独裁者の威勢の良い映像しか知りません。ゆえに、非常に違和感があります。しかし、やはり人間というもの、あれほどの窮地に追い詰められれば、一挙に老けていくものでしょう。
最後のラジオ演説が1945年1月30日。そこで「ドイツは滅び去らねばならない」という有名な焦土作戦の決意を述べて、ベルリンの地下要塞に籠もります。
それ以降、次第に激しくなるソ連軍の攻撃を耳にしながら、彼は一日が一年に匹敵するほど年を取っていったのではないかと想像するしかありません。
その意味では、彼の肉体的生命もすでにこの段階では終えていたのでしょう。画面は正直に監督の意図を反映しています。
禁酒禁煙のうえ、菜食主義のヒトラー。健康には人一倍気をつけていたはずなのです。しかし、バセドー氏病なのか、左手は常にブルブル震え、彼の頭脳は現状を正確に把握する能力をとうに失っていたのでした。
あまりに悲しすぎる、神になれなかった男の姿です。
しかし、映画の凄さは、ヒトラー個人の「崩壊」だけを描くのではなく、崩壊していく第三帝国の実情を――地下要塞の中とほんの一部のベルリン市街を映し出すだけで――描ききったところにあります。
ベルリン市街がボロボロになっていくのに、大量の死傷者が外にはいるのに、地下要塞の中では毎日毎晩酒盛りの日々。市民を守る意図も飢餓のイメージもまったくありません。軍部がすべての物資を市民から奪い取っていたのが分かります。
他方次々と現れる、緩みきった規律の兵士、SS(ナチス親衛隊)が行うドイツ人の中の裏切り者狩り、地下鉄の駅に非難している市民の空ろさ、地下の野戦病院で日々繰り広げられる手術という名の手足の切断、などなど。眉をひそめずに見られるシーンはどこにもないのです。
それに追い討ちをかける、劇中ガンツ=ヒトラーが数回繰り返す、「市民は滅びたがっている」という言葉。
国を挙げて崩壊へとひた走る恐ろしさが画面からにじみ出てきます。ヒトラーだけが狂っていたのではなく、すべてが狂っていたのです。
「責任をヒトラーだけに押し付けてよいのか?」監督の意図が透けて見えます。
ともあれ、無残な死の連続です。映し出されないソ連軍の恐ろしさよりも、自国人同士が殺しあう不条理さが胸に迫ります。
その不条理の極致として、ゲッペルス夫人が6人の子供に毒薬を服ませるシーンをカメラは延々と追いかけます。可愛い子供たちを「帝国以外で育てたくはない」と言って、母親が殺していくのです。
「狂気」が淡々と展開する様は、観客のすべての胸を締め付けないはずはありません。
人間を知りたければ、戦争を知りたければ、この映画を見るべきです。『シンドラーのリスト』も、『プライベート・ライアン』も、『戦場のピアニスト』も、『スターリングラード』も超えました。
惜しむらくは、戦場シーンが上記の映画を超えておらず、箱庭的なちゃちさが観客を白けさせる恐れがあることです。
(しかし、その手作り感のある戦場シーン。エンドロールにILMやスカイウォーカーランチのクレジットが流れない画面には新鮮さがあったことも事実です。)
救いのない映画の中で、ヒトラーの秘書トラウドゥル・ユンゲ役のアレクサンドラ・マリア・ララの美しさにはホッとさせられます。
「崩壊」の後、明るい春の日差しを浴びて自転車に乗るラスト・シーンは、ドイツ人全員だけでなく、観客全員の願いを表していると思います。
ヒトラーの罪の重さと同時に、その罪を贖いながら生きていかねばならない人間の宿命が描かれています。納得できる演出です。
ただし、ユンゲ本人が出てきて語る場面は必要だったのか。ユダヤ人対策だとは思いますが、『シンドラーのリスト』の最後の場面同様、ゴウ先生は否定的な見解を持っています。
++++++++++
画質(ビスタ): B
室内シーンが多いために、ビスタが採用されたのでしょう。成功しているとは思います。しかし、敢えて申し上げさせてもらえれば、シネスコサイズで見たかった気がします。狭い地下要塞を、短躯のヒトラーが崩れ去る様を横移動を強調した画面で映すと面白かったように思うのです。
音質: B+
サラウンドもまあまあ。そして、サブ・ウーファーの重低音がかなり効いた映画です。相当な迫力があります。Gump Theatreで挑戦してみたくなりました。
++++++++++++
ドイツ人によるドイツ語映画です。自国の歴史を偏見なしに描ききった作品にはアッパレという言葉を送りたいです。
英語を勉強しているビジネスパーソンだから、英語映画以外は見ないというのでは、あまりに狭い了見です。
絶対に一度は見ておくべき映画でしょう。INDECでの上映も決定しました。早くDVDを買わないと・・・。
![駅 STATION [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/11FPWEKEZ4L._SL160_.jpg)














