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壽 初春大歌舞伎 昼の部『寺子屋』

 

歌舞伎座 一幕見席 1400円 立見
2018年1月24日(水)2:00‐3:25
公式サイト:http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/541

 

ゴウ先生総合評価: A/A-

 

22日(月)の夜の部の『勧進帳』に失望してしまった貧乏英語塾長でしたが(評価をすれば、「B」がよいところ)、この豪華な配役を観たら、どうしても『寺子屋』を観たくて、再び歌舞伎座へ向かいました。

 

月曜日に『寺子屋』は夜ほど混んでいないということを馴染みの女性係員から教わっていたので、歌舞伎座に到着したのは開演直前の1時55分でした。それでいて、入場番号91番。確かに、『勧進帳』よりはるかに空いています。

 

4階に上がると、上記の係員がいなくて、愛想の悪い係員ばかり。その対応の悪さに「やっぱり」とおもいつつ、入場します。2席ほど空いていましたが、通路側ではもちろんありません。そういう狭苦しいところに1時間半も座っているのは、貧乏英語塾長にとっては地獄です。素直に(?)立見を選んだのでした。

 

しかし、立見は、たったの5人。中央の通路の前にはだれもいません。そこなら立見台に座っていても、舞台がちょっとだけとはいえ見られます。長丁場の立見ですから、これはありがたいこと。しめしめと立見の最上場所を確保したのでした。

 

☆作品の成立

 

延享3(1746)年大坂竹本座にて初演された、竹田出雲、三好松洛、並木千柳の合作による人形浄瑠璃『菅原伝授手習鑑』が原作。『寺子屋』は、その四段目。

 

☆戦後の上演歴

 

戦後126回目の本興行上演。

松王丸を戦後いちばん演じているのは、当代片岡仁左衛門の16回。続いて、14回の初世松本白鸚、13回の当代白鸚、10回の当代中村吉右衛門。

武部源蔵を最も演じたのは、8回の当代吉右衛門、当代中村梅玉。続いて、7回の五世中村富十郎、6回の当代仁左衛門、5回の二世尾上松緑、4回の初代吉右衛門・十七世中村勘三郎・当代白鸚。

 

☆主な配役

 

菅原伝授手習鑑
寺子屋(てらこや)
 

                 松王丸  幸四郎改め白鸚

                武部源蔵  梅 玉
                  千代  魁 春

                  戸浪  雀右衛門
              涎くり与太郎  猿之助
              百姓  良作  由次郎

              同 田右衛門  桂 三
              同   鍬助  寿 猿
              同   米八  橘三郎
              同   麦六  松之助
              同  仙兵衛  寿治郎
              同  八百吉  吉之丞
              百姓  吾作  東 蔵

                春藤玄蕃  左團次

                園生の前  藤十郎

 

☆あらすじ

 

舞台は、山城国芹立(せりゅう)の里にある武部源蔵が開く寺子屋。

 

ある日のこと、源蔵(中村梅玉)は村の庄屋に呼び出され、左大臣藤原時平の家臣春藤玄蕃と松王丸と面会します。ふたりから命じられたのは、菅秀才の首を討つことでした。

ですが、源蔵は、もともとは秀才の父親である右大臣菅丞相の家臣です。丞相が時平の陰謀により流罪となってしまったあと、秀才を密かに匿っており、どうしたものかと悩みます。

とはいえ、時の権力者に逆らうこともできず、かといって丞相を裏切ることも旧家臣として人の道理に反することになります。かくなる上は、身替りの首を差し出すしかないとおもいながら、寺子屋に帰ってくるのでした。

しかし、寺子屋に通ってくる子供たちは、器量よしの秀才とは似ても似つかぬ百姓の子供ばかりです。これでは、別の首を差し出したら、すぐにばれてしまいます。どうしたものかと思っていたところに、その日入ってきたという小太郎を見て、この子なら身替りになると喜びます。

というものの、その顛末を女房の戸浪(中村雀右衛門)に話すにつれ、主君のために身代わりとなる小太郎の悲運が胸に迫り、源蔵も戸浪も悲しみに暮れます。そして、すり替えを見破られたときはふたりとも死のうと約束し、源蔵は「せまじきものは、宮仕え」と嘆息するのでした。

そこへ、藤原時平の家臣春藤玄蕃(市川左團次)と病気のため駕籠に乗った松王丸(松本白鸚)が、大勢の捕手を従えてやってきます。その後ろには、自分たちの子供を秀才と間違えて殺されるのではないかと心配した親たちが迎えに来ています。

秀才の顔を松王丸は知っていますが、玄蕃は知りません。ゆえに、寺子屋の子供たちが秀才ではないかどうか、ひとりずつ玄蕃が松王丸に検分をさせます。すると、8人全員、秀才ではありませんでした。

玄蕃と松王丸は、首桶を源蔵に差し出し、これに秀才の首を入れて来いと命じ、それに応じた奥に引き込んだ源蔵が首桶を抱えて現れます。そこで、松王丸が検分すると、松王丸は秀才に相違ないといい切ります。

役目を終えた松王丸は、病気療養のためといってその場を後にします。玄蕃も、源蔵を褒め称えると、首桶を抱えて捕手たちとともに時平のもとに戻るのでした。

松王丸たちがいなくなって、源蔵と戸浪だけになり、ふたりはその首が秀才のものとばれずによかったと喜び合います。そして、ほっとして「五色の息」を吐いたのでした。

そこへ、小太郎の母千代(中村魁春)が戻ってきます。小太郎の居場所を尋ねる千代に、奥にいるとウソをついた源蔵は、背後から千代を斬りかかります。

それをかわした千代は、小太郎を秀才の身替りにするために送り込んだが、役に立ったのかと問い質します。源蔵夫婦が驚く中、松王丸も現れます。

本来の自分に戻った松王丸は、「自分は管丞相に使えた白太夫の息子だが、いまは丞相を陥れた時平に仕えている。ゆえに、丞相の息子の秀才を殺さねばならなくなったときには、仮病を使って辞めさせてもらおうと思ったが、秀才の首を討つまではだめだといわれた。仕方なく、自分の子供の小太郎を身替りにしようと思った。丞相への忠義心の強い源蔵ならば、秀才の首を討つことはなく、小太郎を殺してくれるだろうと信じて、この寺子屋に入れたのだ」と告白します。

これを聞いて千代は泣き出しますが、松王丸は諌めます。松王丸が小太郎の最期を源蔵に尋ねると、ニッコリ笑って首を差し出したと源蔵は答えます。それを聞いた松王丸も、堪えきれずに号泣します。

奥から秀才が現れると、松王丸が合図の笛を吹きます。すると、駕籠の中から秀才の母の園生の前(坂田藤十郎)が現れたのです。松王丸と戸浪は白装束の姿になり、野辺の送りをいろは四十七文字を歌いこんだ鎮魂歌で行うのでした……。

 

☆この白鸚なら許容できる

 

現代劇・ミュージカル・映画・ドラマの新・松本白鸚は、素敵です、最高です。しかし、歌舞伎を演じる白鸚は苦手です。はっきりいってしまえば、嫌いです。実弟・中村吉右衛門と比べると、すべての面ではるかに劣るからです。特に、その無意味とおもえる裏声多用のセリフ回しと滑舌の悪さが、他の分野ではあれだけすばらしい口跡の人がとおもわせるほど、違和感を覚えます。

 

実際、夜の部の「口上」での白鸚の挨拶は、内容もよろしく、気品があり、立派なものでした。それこそ、吉右衛門の面白くなくて冴えない挨拶からすれば、数段上です。どうしてこれが歌舞伎の舞台では活きないのか、不思議でなりません。

 

とはいえ、今回の『寺子屋』は、夢のオールスターキャストです。これに、片岡仁左衛門と坂東玉三郎が加わったら、華やかさはさらに増すのでしょうが、市川猿之助を涎くりに使うという贅沢さは、さすが高麗屋の襲名興行です。歌舞伎ファンなら、見たくならなければ、ウソです。

 

こうして見た狂言ですが、結論からいえば、この白鸚なら許せます。裏声もそれほど使われず、セリフも4階までしっかり聴き取れました。

 

ただし、理解できないのは、いくら病中であることを装っている松王丸だとしても、前半の寺子改めの場面で、あそこまで陰気な雰囲気を醸し出しているのが理解できません。白鸚らしいリアリズムを強調した演技プランなのでしょうが、この暗さだと、玄蕃から何かあるのかと逆に訝られて、松王丸のおもいがばれ、それを見抜けない玄蕃を演じる左團次がバカに見えます。

 

とはいえ、どの役でも何かというとすぐに大泣きする白鸚ですから、首実検以降に泣きが入る場面では、いつもの違和感が消えます。『熊谷陣屋』の直実役では許せなくても、本作の松王丸ではこの大泣きは許されます。本作は、白鸚にもっとも向いている狂言といえましょう。

 

その他の役者たちは、最高の出来でした。

 

梅玉の気品ある源蔵、それを支える健気な雀右衛門の戸浪、そして悲嘆の表現が胸を打つ千代役の魁春。すべて、見応え十分。そのうえで、園生の前を藤十郎が演じるのですから、その重厚さは格別で、コクが増します。

 

期待の猿之助も、これだけすごい涎くりは、1998年1月の当代仁左衛門の襲名披露興行時の十八世中村勘三郎以来。昨年の骨折の話を入れた楽屋落ちもうまく、しかもその父親を名優・中村東蔵が演じるのですから、御馳走もよいところ。歌舞伎ファンには、たまりません。前半は、このふたりの存在が圧倒的でした。その明るくて面白い分、白鸚がより暗く見えてしまったのは否めませんが。

 

竹本東太夫の浄瑠璃、鶴澤寿治郎の三味線も、絶品でした。ことに、美声を誇る東太夫の語りの迫力には、聴き惚れてしまいました。これぞ、義太夫狂言といいたくなる完成度の高さです。

 

最後のいろは送りのもの悲しさまで、泣くほどではないものの、十分に楽しめる芝居になっていて、悪くありません。少し歌舞伎の白鸚アレルギーが薄まった一幕でした。

 

今日が、千穐楽。歌舞伎ファンなら、この『寺子屋』は観ておくべきです。

 

 

| 歌舞伎 | 04:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
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