CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
英語で「日本国憲法」を読んでみる―The Constitution of Japan
英語で「日本国憲法」を読んでみる―The Constitution of Japan (JUGEMレビュー »)
別冊宝島編集部
英語で憲法を読んでみれば、戦勝国アメリカから押し付けられたことが手に取るように分かります。50年以上、修正されていない憲法。時代にそぐわない内容。それでも、憲法改正、不要ですか?
★★★★★
RECOMMEND
駅 STATION [DVD]
駅 STATION [DVD] (JUGEMレビュー »)

高倉健を知りたければ、まずこの一本。「渋さ」の意味が分かります。★★★★★
<< コウノトリ大作戦!(BD) | main | 最後の追跡(UK BD / Region B) >>
国立劇場 通し狂言『伊賀越道中双六』


国立劇場大劇場 2等B席 3階9列1番(2800円)
2017年3月22日(水)11:59-4:20
公式サイト:http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_l/2016/31039.html
 

演目と時間:通し狂言 伊賀越道中双六
 序幕・二幕目 11:59-12:50
 三幕目    1:25-2:07
 四幕目    2:27-4:02
 大 詰    4:11-4:20


ゴウ先生総合評価: A+++

 

昨日、久々に国立劇場で芝居見物をしてきました。2014年12月に続き上演される『伊賀越道中双六』の通し狂言を観るためです。

 

頻繁に上演される『沼津』と違って、44年ぶりの上演となった前回の『岡崎』は、それはそれはすばらしい舞台で、大感激し、2回も観てしまいました。

 

 レビュー:2014.12.31 Wednesday 国立劇場『伊賀越道中双六』

 

☆歌舞伎のチケットが取りにくくなった

 

貧乏英語塾長は、中村吉右衛門の大ファン。それなのに、昨今は、丈の舞台をなかなか観られません。それもこれも、歌舞伎座であれ、国立劇場であれ、その他であれ、退職した団塊の世代が大量に劇場に押し寄せてくるためです。芝居のチケットがなかなか取りにくいのです。

 

とはいえ、本作は特別。吉右衛門の一世一代になるやもしれぬ舞台です。絶対に観らねばとおもい、3階の2等B席のお気に入りのシートを押さえようとしたら、上演終了間近の昨日しか空いていませんでした。でも、取れただけでもよしとしなければいけません。

 

場内は、8割以上の入り。その9割が65歳以上。それにしても、『助六』をやる歌舞伎座ならいざ知らず、国立劇場がこれほど混んでいることに、若者のあまりの少なさとともに、驚いてしまったのでした。

 

☆作品の成立

 

天明3(1783)年4月、人形浄瑠璃で初演。同年9月に歌舞伎化。近松半二(1725-1783)の絶筆。

 

戦後4回目の『岡崎』上演。

 

☆構成

 

 序 幕 相州鎌倉 和田行家屋敷の場
 二幕目 相州鎌倉 円覚寺方丈の場
     同    門外の場
 三幕目 三州藤川 新関の場
     同    裏手竹藪の場
 四幕目 三州岡崎 山田幸兵衛住家の場
 大 詰 伊賀上野 敵討の場 

 

前回とは、二幕目が変わりました。前回は「大和郡山 誉田家城中の場」で、主人公唐木政右衛門の強さを表現するものでしたが、今回は仇討の理由を明らかにする二幕目になっています。おかげで、吉右衛門の登場は三幕目裏手竹藪の場まで持ち越されます。

 

☆主な配役

 

        唐木政右衛門  中 村 吉右衛門
         山田幸兵衛  中 村 歌  六
   佐々木丹右衛門・奴助平  中 村 又 五 郎
         和田志津馬  尾 上 菊 之 助
        近藤野守之助  中 村 歌  昇
 捕手頭稲垣半七郎・石留武助  中 村 種 之 助
        幸兵衛娘お袖  中 村 米  吉
          池添孫八  中 村 隼  人
   沢井城五郎・夜回り時六  中 村 吉 之 丞
          和田行家  嵐   橘 三 郎
         沢井股五郎  中 村 錦 之 助
      政右衛門女房お谷  中 村 雀右衛門
      幸兵衛女房おつや  中 村 東  蔵

 

配役は、前回とほとんど同じです。変更は、二幕目が変わったがゆえのものです。

 

☆大感動ふたたび

 

すばらしいのひと言。個人的には、前回よりも感動が深くなった気がします。四幕目では、流れる涙をぬぐいながら「大播磨!」「京屋!」と声をかけてしまいました。

 

白眉は、いうまでもなく、四幕目、通称『岡崎』ですが、実は三幕目「裏手竹藪の場」のインパクトが大きいのです。そこで、初登場する吉右衛門が、絶品だからです。

 

向こうから花道を駆けてくる吉右衛門には、スピード感はありません。しかし、その分、政右衛門の「大きさ」を感じさせます。そして、舞台に上がって、やぶの中の道を探すあたりで、助兵(中村又五郎)が笠をもった政右衛門を見たときにおびえるのですが、その演技がまったく不自然ではないくらいに、吉右衛門が大きいのです(上のポスターの吉右衛門がそれ)。

 

吉右衛門の身長が180兌紂K五郎が165僉しかし、15僂箸呂もえない大きさの差が、この場面にはあります。何としても関所を通って敵討ちを成就させようという緊迫感の差が生み出すものです。それにしても、これほど大きく見える吉右衛門は記憶にありません。何せ熊谷直実よりも、平知盛よりも大きいのですから。

 

この意味で、二幕目に吉右衛門の出番をなくした効果は大です。見物は2時間以上待たされて、吉右衛門を観ることになり、たとえそれが吉右衛門の健康を配慮したものとしても、ドラマのボルテージが否が応でも上がります。

 

こうして始まる四幕目。お谷(中村雀右衛門)の登場からの大悲劇が胸を深くえぐります。しかし、それに向けての、中村歌六の山田幸兵衛、中村東蔵の女房おつやの、これ以上ない名演が、そのあとの感動を高めるのです。

 

はっきり申し上げて、政右衛門とお谷は、他の役者が継げるかもしれません。それだけ劇的な役割を与えられていますから、だれが演じても(たとえば、前者なら中村芝翫、市川海老蔵、後者なら中村時蔵)それなりの感動を与えられるとおもうのです。

 

しかし、幸兵衛とおつやは、歌六と東蔵のそれを観たあとでは、他のキャスティングが考えられません。それくらい、難しい役であり、それをあっさりとこなすふたりは、とてつもない名優です。

 

たとえば、東蔵。お谷が門口で一夜の宿をと求める場面、かわいそうにと家の中へ入れようとします。すると、敵討ちを成就するために、お谷が自分の妻であることをおつやに悟られたくない政右衛門が、知らない人間を泊めることは違法であるといって、それを阻止します。そのときの東蔵の狼狽の生々しさが、たまらないのです。家に泊めたいけれども、それをすれば山田家の問題になると怯える小市民的東蔵が、その後の悲劇を盛り上げているからです。

 

歌六にしても、政右衛門が自分の息子巳之助を殺した後に、志津馬が現れて、ふたりの素性を見抜く場面も、一歩間違えれば、もっと早く素性を見抜いていれば、巳之助は殺されないですむものをと思わせかねない場面なのですが、そういう不満を抱かせません。なぜならば、大事の前の小事にはこだわらないという、温情をもちつつも冷徹な幸兵衛の骨太な生き様が歌六の身体全体から放射されているからです。

 

このおつやと幸兵衛を演じられる役者が、今後、現れるのか。『岡崎』が44年も上演されなかったのはこのふたりを演じられる役者がいなかったからではなかったかと、今回東蔵と歌六を観て考えたのでした。

 

雀右衛門のお谷には、涙を絞られました。ひと言でいえば、2年前の芝雀はお谷を「演じ」ていました。しかし、今回の雀右衛門はお谷を「生きて」いたのです。

 

それが現れるのが、政右衛門がおつやの目を盗んで門外に出て、お谷に気つけ薬を飲ませる場面です。2年前は、政右衛門から「気が付いたか」といわれて、「政右衛門どの」のあと、「会いたかった」を5回繰り返して泣き崩れました。しかし、今回は「政右衛門どの」だけで止めて、会いたかったという気持ちを言葉ではなく、身体で表現したのです。というか、あまりの嬉しさに言葉が出てこないお谷を雀右衛門は生きていたのです。

 

この、お谷と不可分離の雀右衛門がいるだけに、吉右衛門が発する「必ず死なるな」のセリフが見物の心にどーんと響きます。名優・吉右衛門も、雀右衛門のお谷化によって、さらなる高みに上ることができたのでした。

 

それに貢献した竹本の葵太夫の語りのすばらしさも、特筆すべきです。葵太夫本人が書いた竹本ではありますが、切々の語りが胸を打ちます。とりわけすばらしいのは、政右衛門に殺された愛息・巳之助を抱いたお谷が、「これ巳之助、母じゃ、母じゃ、母じゃ、母じゃ、母じゃ。父御(ててご)によく似た顔見せて、自慢しょうと」といったあとで、「楽しんだもの」と葵太夫が声を張り上げると、そのあとの「むごたらしい父様(ととさま)を、恨むにも恨まれぬ。さき生に何の罪して、侍の子に生まれしぞ」というお谷の嘆息が見物の心に棘を指します。

 

侍社会の矛盾を体現するお谷の苦痛を葵太夫が見事に演出し、その相乗効果が人形浄瑠璃を超えた歌舞伎を観る喜びを与えてくれます。

 

その他の役者でいえば、中村錦之助の股五郎役の大きさも、文句なし。吉右衛門と対等に渡り合える色悪ぶりで、この役も錦之助のものとなりました。

 

尾上菊之助と中村米吉のカップルは、確かに温度感が低いものの、これはこれでよしとしたいところ。少なくとも、本筋を上回らない行儀よさを是とします。

 

ちょっと歌舞伎に嫌気がさしていたのですが、本作がまた歌舞伎熱を高めてくれました。やっぱりよいものはよいです。できるだけ観ないといけません。

 

| 歌舞伎 | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://blog.indec.jp/trackback/1063397
トラックバック