CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
英語で「日本国憲法」を読んでみる―The Constitution of Japan
英語で「日本国憲法」を読んでみる―The Constitution of Japan (JUGEMレビュー »)
別冊宝島編集部
英語で憲法を読んでみれば、戦勝国アメリカから押し付けられたことが手に取るように分かります。50年以上、修正されていない憲法。時代にそぐわない内容。それでも、憲法改正、不要ですか?
★★★★★
RECOMMEND
駅 STATION [DVD]
駅 STATION [DVD] (JUGEMレビュー »)

高倉健を知りたければ、まずこの一本。「渋さ」の意味が分かります。★★★★★
<< 井上陽水『氷の世界』ライブ盤をあやうく買い忘れるところであった | main | 井上陽水『氷の世界ツアー2014 ライブ・ザ・ベスト』(BD) >>
小津安二郎をしのぶ鎌倉行脚


昨日、「小津安二郎ゆかりの場所を訪ねる」というテーマで、当英語塾INDECの会員と鎌倉に修学旅行に行ってきました。天気もよくて、気持ちのいい一日でした。
最初に向ったのは、松竹大船撮影所跡です。

12時前に高田馬場を出発して、湘南新宿ラインに新宿で乗り換えます。13分遅れて1時前にJR大船駅に到着です。

東口から松竹通りに入り、右手に木下恵介が愛したレストラン・ミカサを見て、小津監督が足しげく通った佐田啓二夫人の実家の月ヶ瀬跡を確認し、いまは鎌倉女子大学になった撮影所跡を眺めます。

いまや撮影所の名残は、渥美清と美空ひばりのタイル画だけしかありません。それでも、美空のタイル画の題字が、高倉健さんの手になるものであったことを知ったときには、驚きました(表ブログ「夢と希望と笑いと涙の英語塾」の今日の記事「高倉健さんが、美空ひばりタイル画の題字を書いていた」を参照)。

昼過ぎですから、お腹が空きます。とはいえ、昨日はウォーキングとジョギングを兼ねる予定でしたから、お腹いっぱい食べる気はありません。そこで、小津映画には欠かせない笠智衆や倍賞知恵子がよく通ったという大正11年創業の浅野屋に向います。撮影所の門から歩いてほんの1、2分のところです。

タバコと縁を切った離煙生活を続行中の貧乏英語塾長、完全禁煙の飲食店以外には、基本的に入りません。すると、うれしいことに、浅野屋は玄関に禁煙マークが貼っているではないですか。というわけで、会員を誘って、中に入ります。

テーブル席と座敷席からなる店内は、シック。撮影所に近いので、笠さんを始めとする俳優たちのサイン色紙が並んでいるかと思ったら、一枚もありません。潔い態度です。

頼んだのは、もりそば(630円)とビール。やや太目の白っぽい更科系。ニ八でしょうか。手打ちではなさそう。コシは弱いものの、喉越しは悪くありません。何より甘めのつゆが気に入りました。なお、ここは注文しないとわさびはつきません。

そこを出たら、小袋谷2丁目にある成福寺に向います。ここには笠さんの墓があります。この浄土真宗のお寺は、入場料を取らない普通のお寺です。笠さんのイメージ通りです。

門を潜ると、東郷平八郎元帥が書いた戦病没者のための大きな「忠魂碑」が立っています。それを左手に見て、墓地に入ります。



その墓地の平坦部分の真ん中に笠さんのお墓があります。



昭和30年10月に笠さん自身(1904年5月13日 - 1993年3月16日)が建立した墓です。合掌。

その後、鎌倉街道を南下し、北鎌倉に向います。

『晩春』(1949)冒頭の茶会の庭の撮影にも使われ、小津監督の没後毎年監督をしのぶ会が開かれたという山ノ内にある好々亭に寄ろうと思いましたが、いまは閉店になっているというので、寄らずに先を急ぐことにしました。

JR北鎌倉駅の先のところから円覚寺に登ります。入場料300円を払って、円覚寺の中をひと通り回ると、小津監督と木下監督の墓参りです。

6月に来たときには(「鎌倉探訪:小津安二郎をしのんで」)、小津監督の墓石の前には大量の物が置かれ、かなり乱雑な状態だったのですが、最近墓参に来た人が整理されたのでしょう、すっきりとしています。



そこに、赤と白の曼珠沙華(というか小津ファンなら「彼岸花」と呼びたいですね)が活けられ、サッパリとした上品なムードが漂います。やっぱり「無」の人である監督には、このくらいシンプルなほうが似合います。合掌。

その帰りがけ、思わぬ幸運にぶつかります。なんと田中絹代・佐田啓二の墓がある松嶺院に入ることができたのです。春と秋に公開しているということなので、その時期に当たったのでしょう。入口でひとり100円の寄進をして、急な階段を登って、墓地に入ります。

すると、まず作家の開高健1930年12月30日 - 1989年12月9日)の墓が目に飛び込みます。奥さんも娘さんもお亡くなりになっているので、寂しい限りです。合掌。(なお、ここは撮影禁止ということでしたので、記憶だけにとどめることにしました。)

右に回って最初に見つけたのが、佐田啓二1926年12月9日 - 1964年8月17日)の墓です。本名が中井寛一という佐田さんですから、中井家之墓となっています。合掌。

その真後ろにあるのが、本人の顔のレリーフがついた田中絹代1909年11月29日 - 1977年3月21日)の墓です。ここには甥の映画監督小林正樹も眠っています。合掌。

小津関係者はこのくらいですが、オウム真理教に殺された坂本弁護士一家、文藝春秋元社長池島信平(高峰秀子さんの恩人)などのお墓があります。合掌。

次に向ったのが、浄智寺隣の旧小津邸。涼しい風が吹き渡ります。

途中で、精進料理で有名な鉢の木北鎌倉店を外からのぞきます。ここは、1960年9月28日に小津監督が原節子・司葉子と会食した場所です。家からすぐ近くですから、使い勝手もよかったのでしょう。

鎌倉街道をしばらく南下して、右に曲がり、扇ヶ谷切通しに向います。険しい坂道を登って下ると、横須賀線の脇の道に出ます。

この扇ヶ谷の踏切こそ、『麦秋』(1951)で娘紀子(原節子)が子持ちの医者と結婚することを決めてショックを受けた父親(菅井一郎)がぼんやりとたたずむ踏切です。

そこから目と鼻の先にあるのが、寿福寺。『晩春』の冒頭でその屋根が登場します。 

このあと、高徳院の鎌倉の大仏を見て、『麦秋』で原さんが座った場所に腰掛けて、そのまえにある、小津監督が吉田喜重に監督会で食って掛かったという華正楼を見るつもりでしたが、疲労が募ります。

そこは次回に譲ることにして、和田塚から由比ガ浜に出ます。もちろん、ここは『晩春』の最初と最後で出てくる場所です。

その後、国道134号線を西に向かいます。稲村ヶ崎をすぎて、江ノ島を眺めながら、『麦秋』で父親(笠智衆)から怒られたふたりの幼い息子が家出するシーンが撮影されています。

ここで、本日の予定は終了。4時間19分、18kmのウォーキング/ジョギングでした

今度は、茅ヶ崎に行って、『晩春』で原さんが自転車に乗った場所や『麦秋』で原さんが義姉(三宅邦子)と語り合った砂丘を見ないといけません。

このあと片瀬江ノ島駅から小田急江ノ島線で藤沢駅に出て、富士見湯という銭湯に入って、疲れを癒します。

そのあと歩いて、藤沢本町にあるミシュランひとつ星の蕎麦屋ひら井に行ったら、6時半の時点で蕎麦が売り切れてしまったと、店じまいしています。仕方ないので、デカ盛りで有名な上州屋で食事をしました。

ちなみに、ひら井も上州屋も完全禁煙。少しずつ貧乏英語塾長に風が吹いてきています。

帰宅後、佐田さんをしのんで、『君の名は 第1部』(1953)をDVDで見ました。


あの頃映画 君の名は 第1部 [DVD]

松竹

この映画に出るために、『東京物語』(1953)の三男・敬三の役(映画では大坂志郎が演じている)を断ったために、佐田さんと小津監督との関係がぎくしゃくしたと伝えられる作品です。この作品には笠さんも出ていますし、敬三の出番は多くありませんから、両方とも出演できたでしょうに、惜しい話です。出ていたら、映画史が変わったかもしれません。

とにもかくにも、とても充実した一日でした。また、行かねばなりません。


レビューは、こちら!


レビューは、こちら!


レビューは、こちら!

| 小津安二郎 | 12:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://blog.indec.jp/trackback/1062282
トラックバック